消えた愛すべき「アホ」な集団(漫画・アニメ)

昨今のサブカルチャー界隈を俯瞰すると2つの潮流に気が付く。
「美少女だけしか出てこない男性向け作品」と「ボーイズラブ嗜好派(いわゆる腐女子)向けのスポーツ作品」これである。

前者を例にとるなら「けいおん」「アイドルマスター」「ラブライブ」「ご注文はうさぎですか?」などに加えホットな作品の1つ「けものフレンズ」もそれに該当する。日常系美少女四コマに強い芳文社作品が多いのが特徴的である。
後者の作品をあげるなら古くは「テニスの王子様」から始まり、「黒子のバスケ」「ユーリィ」や「ハイキュー」や最近は「ALL OUT」などである。WJ系が多いのは流石の漫画雑誌発行部数トップの貫録と言えようか。

これらの作品は総じてクオリティが高く、キャラクターも魅力的で非常に完成度が高い。それはもはや深く語るまでも無い。

が、何と言うか精錬された「優等生さ」が前面に出すぎている。
主人公やヒロイン、仲間たちに対し相応のコミカルさを持たせてはいるのだが基本は「真面目で頭脳明晰、戦略性にとんでいて(主に)10代と思えない芯の強さ」がある。苦難や苦境に陥り悩み苦しみながらも助け合い、励ましあい、1つの目標に向かってグループ一丸となって結束を固め立ち向かっていく・・・とまあ、こんな感じか。

しかし、それが何とも言えない非現実性を感じて仕方ない。少なくとも私個人は。

個人主義が定着し、人付き合いなど厄介なことは避け、協力などできず、問題が起きたら悩みっぱなしで解決させる意思も皆無。徒党を組むのを嫌い、むやみにケンカを売る割には打たれ弱い。苦境に弱くメンタルが脆弱。チームの目標より個人の幸福(つい最近の某アイドルの妊娠結婚騒動もチームに汚名を被せるだけ被せて、自己の幸福だけ求めて引退するという感じでしたが)を希求し、災厄だけ振りまいてトンズラかましている。責任者は責任をとれず自己保身の為に言い訳山盛りいっぱいでカリスマ性の欠片もない。部下は絶望し虚無主義になる」と言うのが現実である。

一言でいうなら一時期大流行した「セカイ系」と非常に酷似している。「僕と君さえ幸せなら、それで良いじゃないか」とか言う究極の個人主義
国家や国民、地域社会や家族・友達・仲間・グループなど一切の共同体を切り捨てたエゴイズムの境地である。ここ数年隆盛を極めるリバタリアンもそれに近い。

まあ、リアル社会がこんなんだからフィクションに救いを求めたくなるのはよく分かる。無くなってしまった絆や繋がりをどこかで補いたいというのも人間の潜在的な本能だろうと思う。

まあ、それはそれとして。

女の子が一生懸命にガンバッたり、男の子が熱き心でひたむきに目標に向かって走る姿も素敵だが、そればっかりだと食傷になってしまう。米ばっかりじゃ飽きちゃうしたまにゃーパンやラーメンや腐らないwポテトも食いたくなるのが人情ってもんです。

放送当時、やたらとご都合主義ばかりのストーリーの中でガンダムやヤマトが受けたのは「今までの作品になかったリアリティがあった」からだと推測されます。ならば、逆もまたあるのではないだろうか。

80年代の初頭から台頭してきたコメディ・ギャグ作品ブームに乗じて多くの「アホ」キャラが誕生したのはまさにエポック・メイキングだったといえる。特に「集団的なアホ(言うまでも無く知的な障害がある云々という話では一切なく、異常にポジティブでネアカというニュアンス的な意味で)の活躍」と言う図式が出来上がってきたのもこのころであろう。(赤塚先生はそれより前にバカボンやおそ松くんなどをかいていたので唯一の例外だが)

その金字塔と言えば鳥山明先生の傑作である「ドクタースランプ・アラレちゃん」である。(自称)天才科学者のノリマキ博士によって造られた人型二足歩行ロボット・アラレちゃんとペンギン村在住の「おバカだが憎めない」面々が繰り広げるハチャメチャ・ギャグコメディ作品。主人公や少数の脇役だけアホというのは赤塚先生がパイオニアだが「大集団的にアホ」を本格的に書いたのは本作が初だろう。不快なブラックユーモアが皆無と言うほど存在せず、ストレートなギャグ調を徹底した鳥山先生の珠玉の名作である。

また、同じWJで言うなら「ハイスクール!奇面組」も忘れては行けない。一堂零を主軸としてその仲間である4人を含む5人グループ「奇面組」と周りのグループ(作中では組)や家族を巻き込んだ町内レベルの素敵な「変態とアホが大量特盛」となったWJの歴史に残る名作ギャグ作品である。本作はジャンプアニメ歴代平均視聴率・第4位に入るほどの大ヒット作品であった事をみんな知らないだろうなぁ。(1位はアラレちゃん、2位はマジンガーZ,3位はドラゴンボールである)。原作の最終回?そんな昔のことは忘れた。(すっとぼけ)

アラレちゃんと同時期に始まった「うる星やつら」も良作アホキャラの宝庫であった。本作は何かとラムとあたるのラブコメ部分がピックアップされがちだが、てんちゃんやお雪など宇宙人一派や面胴や忍、アニメオリジナルキャラだがメガネやチビたち。温泉マークなどなど多彩な個性派キャラたちが予算無制限(比喩)に暴れ倒すアホ様は気分爽快、溜飲落つ。変と変を集めて・・・ならぬ「アホとアホ」と集めて全部アホにしましょうっていう感じで某孤高の食べ歩き作品のゴローさんのセリフをお借りするなら「うんうん、そう。こういうのだよ、アニメはこれで良いんだ」という感じである。ただ、原作者の留美子先生はアニメに対し眉間に皺を寄せていたのは黙っておこう。

1つ、これは忘れちゃいけないのがある。柴田亜美先生の代表作であり、ガンガン創刊号から連載されていた「南国少年パプワくん」だ。パプワ君自身はどちらかと言うとブラックなキャラ(笑)だが、それを取り巻く無数とも言ってよい人外の変態キャラどもと「まさかの」豪華声優陣のベストマッチが更なる異次元アホワールドへ誘ってくれる。よく分からないうちにオツムのネジが吹っ飛んでしまい、いつの間にか君も僕もパプワ島の変態アホキャラの仲間入りだ。本作は柴田作品らしく女子キャラが1人しか出てこないのだが、この子はこの子で(良い意味で)オカシイので必見だ(笑)。あと、主人公の親父(マジック総帥)もアホであるw余談だが、本原作は綺麗にたたまれて終わってるのでぜひご覧頂きたい。

MMOも登場人物が全体的にアホ何だけど、本人たちは至ってオカルト話を真面目に真剣にやってるみたいなので何とも言い難い作品だったりします。ネットではギャグ作品扱いだけどw

ついでにとんちんかん」や「あーみん先生作品」、「GS美神」や「イカ娘」などはアホ役を1人や2人とか局地的に限定的にやらせているので「集団性」的アホさがないので除外してあります。ここでは「ボケ<ツッコミ」ではなく、「ツッコミ<ボケ」という等式が重要なのです。むしろ、ツッコミがいなくても良いぐらいなw「ボーボボ」はそれっぽいけど原作もアニメもちょっとしか見てないので除外してます。

こうやって纏めてみると、高度成長期からバブル崩壊周辺までにこの手の作品が固め打ち状態だなってのがよく分かりますね。留美子先生も作品が変わるたびにテーマが重くなっていったからなぁ。今やってる奴は原点回帰気味らしいけど。鳥山先生はドラゴンボールにかかりっきりだし(アニメ版の協力者として)。浦安ぐらいかね、この系統の作品で生きてるのは。

私的には寂しい限りです。真面目なお利口な作品ばかりじゃつまんねーよ・・・って思いませんか?学校の教科書じゃあるめーしよ。

ようやく、ケガしていた左手の包帯がとれるのでその前に右手だけで1テーマ書き上げてみました。以上、疲れたので終わりますw

「バカ」を連呼するとキツイかなと思いできるだけ「アホ」という表現にしてあります。

最後に
※連載中作品および児童向け作品やブラックユーモア作品はあえて外してあります。児童向け作品はこれらの作風が普遍すぎて取り上げる意味なしと判断。ブラックユーモア作品は著者が好きじゃないからです(幕〇とか〇中〇球〇とか)。悪しからず。